●くらしのアイデア。(前編)
前園直樹『くらしのたより』リマスター配信記念

選・文:前園直樹

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『くらしのたより』をお聴きくださいまして、ありがとうございます。今後、こんな機会はそうないだろう、ということで、ここに、アルバムが完成するまでの過程を、収録曲ごとに振り返っておこうと思います。
以前より作品をご愛顧くださっている方へ、そして今回のリマスター配信でご興味を持ってくださった方へ、せめてもの返礼を。そしてレファレンス、解題の提供を。
作品を、深くひもとく際のガイドになれば幸いです。

収録曲について触れる前に。
1997年、大学進学のため茨城県水戸市へと移り住み、音楽活動を始めるまでに、故郷の鹿児島県加世田市(現・南さつま市)でくらしながら聴いていた音楽家やグループについても少しだけ。
当時、彼らがじぶんに及ぼした影響が、その後の行動の原動力になったことは言うまでもありません。


▼井上陽水

自分の意志で初めて買った録音物は、井上陽水「少年時代」のシングルCDでした。おそらく小学校高学年の時、同名映画の主題歌として最初に触れたのだったと思います。

ただただ、圧倒的な歌の世界。中学校の図書館で観たルネ・マグリットの画集と、古本屋で買い集めた藤子不二雄Aの漫画、とりわけ一連のブラック・ユーモア短編モノ。
そういった辺りが連鎖して<シュール>の球根となり、ぼくの土壌に植ってしまった。そうして、何でもじぶんなりの角度やフィルターをつけて見たがるような人間になってしまったのだと思います。
井上陽水で1曲は難しい。大学1年生の夏は、リサイクル・ショップで見つけてきた『招待状のないショー。』というアルバムをよく聴いていました。それより以前(ポリドール時代)の諸作は、それ以上に思い入れがあります。後年、ソロ名義のライヴでは『氷の世界』に収録された「帰れない二人」をカヴァーしたこともありましたし、2002年リリースの「森花処女林」の究極的にシュールな世界も忘れられません。
しかし、結局は幼き日に聴いた「リバーサイド・ホテル」の衝撃がいちばんだったのかもしれません。そもそもはテレビドラマの主題歌として流れてきた際に捕まってしまったのだと思います。イントロのリズムボックスに始まり、聴こえる音のすべてがこの人物を司るパーツであるかのような錯覚をおぼえたものです。
(ちなみにDJをする際には、いつもこの曲のシングル盤とサングラスをバッグに入れていることはここだけの秘密です。)


▼スピッツ

実家の近所にレンタルヴィデオ/CD店があり、とにかく連日のように足を運んでは日々入荷する新譜シングルをチェックして、まだ借りていないものを借りる、借りたものはテープにダビングしていくという行為に没頭していました。
好きな女の子に選曲したテープをあげるとか、そんな目的も(勇気も)なく、エアキャップ(プチプチ)を端から指でつぶしていくように、ただ無心で音を集め続ける日々が、少なくとも中学の三年間は続きました。
もちろん、集めた音源を楽しむこともありましたが、どちらかといえばテープにダビングして手製のインデックス・シートを作成する行為が楽しかったのです。しかしながら、そんな反復行為の快楽を霧散させてしまうような衝撃波を及ぼしてくる存在が時折現れてきました。
その筆頭として鮮明に記憶しているのがスピッツです。ファースト・コンタクトは1993年リリースのシングル「君が思い出になる前に / 夏が終わる」。

その、淡く深遠なる衝撃が、ひとつ(ひとり)のアーティストを深堀りさせる行為へと走らせました。以来、いまに至るまでスピッツの活動は追い続けていますが、ここではミニアルバム『オーロラになれなかった人のために』に収録された「ナイフ」という歌を挙げておくことにします。後にヒット作を連発するようになる彼ら、もといソングライター・草野マサムネの<深化>の過程をうかがい知れる、1992年リリースの大曲です。


▼ピチカート・ファイヴ

高校へ進学後は、なんとなくじぶんも音楽を作る人間になりたいと思うようになっていました。そうなったきっかけのひとりや、ひとつの作品があった訳ではなく、それまでの経験の蓄積が、次第にじぶんを音楽へと突き動かしていったのだと思います。
高校へはほとんど通った記憶がなく、じっさい、朝にいちど家を出てもすぐに早退して、部屋にこもって音楽を聴いたり楽器を演奏したりする日々がありました。その時期に聴いた、例えばビートルズの『ラバー・ソウル』とビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』というアルバム、ザ・ハイロウズの最初の2枚のアルバム(『THE HIGH-LOWS』『Tigermobile』)、そして電気グルーヴやスチャダラパーの諸作、ラジオ番組『カヒミ・カリィのミュージック・パイロット』で紹介された様々な音楽家たちの作品(オープニングのセルジュ・ゲンズブールを筆頭に)など。こうして文章を書くために固有名詞を思い出していますが、これを読まれている方々の多くとおそらく同様に、思春期のさなかに影響を受けた対象なんて、挙げだせばキリがないものです。

一日の中で考えていることのすべてが音楽になっていった中、高校3年生の夏頃にリリースされ、部屋でよく聴いていたのが、ピチカート・ファイヴの『フリーダムのピチカート・ファイヴ』というミニ・アルバムでした。CDはダブル・ジャケットで、封入されていた歌詞カードのインクのにおいが、音楽とセットになって記憶に深く刻まれています。
決定打、だったのだと思います。実家を出るまで、あと約半年というタイミングでした。


それでは。ここからは『くらしのたより』の収録曲について触れていくことにしましょう。